あべろぐぷらす

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ゆっくりでもいい。よみた屋さんの『スローリーディング宣言』を読んではっとした話。

こんにちは、あべし(@honjituno)です。最近本を読んでいて、はっとした文章に出会いました。『古本屋になろう!』に掲載されていた『スローリーディング宣言』という文章です。

ゆっくりでもいい。よみた屋さんの『スローリーディング宣言』を読んではっとした話。

このスローリーディング宣言ですが、よみた屋さんのホームページにも掲載されています。引用させて頂きますね。

毎日、大量の新刊書が刊行される。とても全部は読めないので、書評や宣伝を参考にして、あるいは書店の店頭を眺めて、読むべき本を探す。

 

みんなの話題について行くためには大量の本を、素早く読まなければならない。それでも話題の本がたくさんありすぎるので、目次と広告だけ見て読んだことにする。

 

あるいは新聞の書評や雑誌のダイジェストを見て読んだふりをする。すこしでも速く多く読むために、速読法を身につける人もある。

 

だがちょっと待ってほしい。何世代も読み継がれた本は、最近出版された本よりも価値がないのだろうか。

 

時間に吟味された古い本を読む方が、評価の定まらない新しい本を自分で吟味するより有意義ではないだろうか。素早く読み終えることは、一冊の本を時間をかけて読む事よりいいのだろうか。

 

ゆっくり時間をかけて味わうのでなければ、取りこぼしてしまう事柄があるのではないだろうか。何度も同じ本を読み返すことは、次々に新しい本を征服することより意味が少ないだろうか。

 

十代で読んだ本を、子や孫を持ってから読み返せば、変化してゆく自分を発見できるかもしれない。話題の本に詳しいことは、そんなに優れたことだろうか。新刊を紹介するプロでないなら、みんなが読む本は他の人に任せて、自分しか読んでいない本を持つ方がいいのではないだろうか。

 

世代を超えて読み継がれてきた古典を読むこと。声に出すようにして、ゆっくり読むこと。同じ本を何度も読み返すこと。自分だけの愛読書を持つこと。

 

こういう読書を「ゆっくり読書=スローリーディング」と名付けてみたい。

 

私たちは、話題に乗り遅れないために焦って流し読みする消化不良の読書にNONを言おう。

 

人の手から手へわたってきた古い本を熟読しよう。

 

同じ本を何度も読み返そう。

 

そしてそれを、心の中で朗読するようにゆっくりと読もう。

 

スローリーディング宣言。

www.yomitaya.co.jp

もう、心にグサグサ刺さりました。はっとしました。というのも、最近は『どれだけの本を読んだか』という基準を普段の読書生活の中で重要視していたからです。

 

今月はこれだけ読めたとか、一日一冊は読めるようになりたいなとか。そうやって早く読めるようになりたいと思った理由は、読みたい本がたくさんあるからなんですけど、それだけだと一度読んだ本を再読しようとは、なかなかならないわけで。。。

 

『たくさんの本を読みたい⇒早く本を読めるようになりたい』という流れになってしまうのは、仕方がないことかも知れません。しかし、幸いにも時間的にゆとりがある生活を送っていながら、次から次へと本を読破していくだけというのは、なんというか『ただ本を読み散らかしているだけ』のような気がしてしまいます。

 

というか、読書スピードなんて後からついてくるもので、追いかけて手に入れるものでもないと、そんな気もしています。ゆっくり読んで、一冊を大切にしていった方が、今よりかはましな読書ができるのではと思います。

 

そんなわけで、ゆっくりでもいい。時には再読しながら、好きな読書を続けていきたいと思いました。