あべろぐぷらす

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汐街コナさんの『死ぬ辞め』を読んで、ぼくがうつになるまで仕事を辞められなかった理由について考えてみた。(後編)

こんにちは、あべし(@honjituno)です。昨日に引き続き、『死ぬ辞め』のお話です。今日は、『ぼくがうつになるまで仕事を辞められなかった理由について考えてみた。(後編)』をお送りします。

※前編はこちら↓

abeshi-syokupan.hatenablog.com

汐街コナさんの『死ぬ辞め』を読んで、ぼくがうつになるまで仕事を辞められなかった理由について考えてみた。(後編)

本当は前後編にするつもりじゃなかったんですけど、思いのほか長々したエントリになってしまったので、急遽分割することになりました。そして今日は『後編』です!色々書いてしまうとまた長くなってしまうので、早速二つ目の理由について描いていきますね!

会社の先輩・同期のみんなに対して申し訳ないと思っていた 

あるあるかもしれませんが、職場の色々な人に申し訳ないなと思いながら働いていました。普段からそう思っていたので、もし自分が休職したりしていなくなったらなんて考えたら、申し訳なさすぎて生きていけないと思っていました。

 

働いていた頃によくこんなことを思っていました。『ぼくよりも大変な状況の人がめっちゃ多い。っていうか自分が一番大変じゃないじゃん。。。』と。そんな一番大変じゃない自分が、『すみません。もう無理です。。。』と音を上げるなんて、申し訳なさすぎて出来ませんでした。

 

他社に出向という少し特殊な立場で働いていたので、出向元の先輩方もとても気にかけてくれていたんです。違う課の先輩なのに、遠くの島から様子を見に来てくれたり、仕事の進捗管理のアドバイスをしてくれたり、飲みに誘ってくれたり。そんな先輩たちにも申し訳ない。

 

その気持ちは、もちろん会社の同期に対しても同じでした。本当は新入社員がやらないといけない仕事も、ぼくは出向だったのでできず、同期のみんながカバーしてくれていました。

 

同期の辛い状況も、飲み会の席の噂話としてよく聞こえてきました。SEあるあるかもしれませんが、やばいことになっている人の情報って瞬く間に共有されます。でも、それぞれ大変な状況の中、めちゃめちゃ頑張ってる。みんなきついし、辛いのに、自分だけ休んでしまうのは申し訳ないと思っていました。

 

結局、体調を崩してしまったので、色んな人に心配をかけることになりました。仕事の引き継ぎも出来なかったので、ぼくがやるはずだった仕事は誰か別な人の負担となってしまいました。出向という微妙な立場だったので、出向元も、受け入れ先も、上の方の人たちは大慌てだったことでしょう。家族にも心配をかけてしまいました。自分も心身ともに辛い思いをすることになりました。

 

それもこれも、もう戻れないとか、休んでしまったら申し訳ないとか色々考えて、思い込んで、自分の体調を見てみぬふりをして、ちゃんと向き合わなかったから。ぼくが無理して働いたことで、おそらく誰も幸せになりませんでした。

 

ぼくは、不幸中の幸いですが、死ぬことはありませんでした。なので、今も生きています 笑。はじめて病院に行った時も、うつ(軽度)という診断で、割と初期の段階で治療を始めることができました。ぼくが病院に行くことができたのは、同棲していた彼女(現奥さん)が無理やり連れていってくれたからです。当時のことを振り返る時、奥さんが必ず『あそこで病院に行ってなかったら、間違いなく電車に飛び込んでいたね。』と言われます。

 

ぼくがそうであったように、辛い労働状況で、思い込みから辞めるとか休むとかの選択肢を考えられなくなっている人って、自分以外の何かに『ぐっ!!』と引っ張ってもらわないと、普通の感覚(疲れたら休むとか、風邪なら休むとか)に戻ってくることは出来ません。コナさんの『死ぬ辞め』ってそういう意味で、就職後の出来るだけ早い段階で、出会っておくべき本だと思うんです。

 

最後に、作者の汐街コナさんの名前を盛大に間違えてしまっていました。しかも、何度も何度も間違った表記でブログに書き続けてしまっていて…。ごめんなさい!!!いやー、思い込みは怖いですね 笑。みなさん、汐街コナさんですよ!コナさん!

 

そして本当の最後に、うつつながりということで『うつぬけ』もおすすめです!こんな時代だからこそ、自分の身は自分で守っていきましょう!それではー!

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